会社員デジタルノマドという選択肢:安定と自由を両立するキャリアパス
デジタルノマドという働き方に憧れを持ちつつも、安定した会社員の立場を手放すことに躊躇を感じているITエンジニアの方は少なくないでしょう。フリーランスとしてのスタートは収入の不安定さや契約の獲得など、未知の課題が多く伴います。しかし、デジタルノマドはフリーランスや業務委託といった働き方のみに限定されるわけではありません。現在の会社員としての立場を維持しながら、デジタルノマドを実現するという選択肢も存在します。
本記事では、会社員としてデジタルノマドを目指すための具体的な方法、必要な準備、そして企業との交渉のポイントについて解説します。安定したキャリアと自由な働き方の両立を目指す方にとって、現実的な道筋となる情報を提供できれば幸いです。
会社員デジタルノマドとは
会社員デジタルノマドとは、正社員などの雇用契約に基づき特定の企業に所属しながら、物理的なオフィスから離れた場所(国内外問わず)で業務を遂行する働き方を指します。これは、従来のフルリモートワークをさらに発展させ、働く場所を旅先や海外に広げる形態と言えます。
会社員デジタルノマドのメリット
- 雇用の安定性: 企業に所属しているため、毎月の給与や福利厚生が保証され、収入が比較的安定します。これはフリーランスと比較した場合の大きな利点です。
- 社会的信用: 企業に所属しているという事実は、住宅ローンやクレジットカードの審査などにおいて有利に働く場合があります。
- 組織のリソース活用: 会社のインフラ(ツール、情報システム、ナレッジなど)やチームメンバーとの協力を得ながら業務を進めることができます。
- キャリアパス: 社内での昇進や新しいプロジェクトへの参加など、組織内での明確なキャリアパスが存在します。
- 手厚いサポート(可能性): 企業によっては、リモートワークや海外勤務に関する規定やサポート体制が整備されている場合があります。
会社員デジタルノマドのデメリット
- 制度の制約: 企業の就業規則や制度に縛られるため、働く場所や時間、休暇などに制約が生じる可能性があります。
- 交渉の必要性: 会社員としてデジタルノマドを実現するには、多くのケースで企業(上司や人事部門)との交渉や許可が必要となります。
- 法務・税務・労務の複雑さ: 特に海外で働く場合、会社側は各国の法規制、税金、社会保障制度への対応が複雑になるため、許可を得るハードルが高くなる要因となります。
- コミュニケーションの課題: チームメンバーとのコミュニケーションが非同期になりやすく、密な連携や情報共有に工夫が必要となります。タイムゾーンの違いも大きな課題です。
- 適応できる職種や企業が限定的: 職務内容や企業の文化、業種によっては、物理的な場所にとらわれない働き方が難しい場合があります。
会社員としてデジタルノマドを目指すための条件
会社員がデジタルノマドになるためには、いくつかの重要な条件をクリアする必要があります。
1. 企業の制度と文化
最も重要なのは、所属する企業がリモートワークや場所にとらわれない働き方に対して前向きであるか、または既にそのような制度が存在するかどうかです。
- リモートワーク制度: フルリモートワークが制度として確立されている企業は、場所の制約が少ないため、デジタルノマドへの移行が比較的容易です。
- ワーケーション制度: 短期間であれば国内外での勤務を許可するワーケーション制度がある企業も、一歩として有効です。
- 副業・兼業の許可: 直接的なデジタルノマド制度がなくとも、副業が許可されていれば、まずはリモートでの業務委託などで実績を積むことも考えられます。
- 柔軟な就業規則: コアタイムのないフレックスタイム制や、働く場所に関する明確な規定がない場合なども、交渉の余地があるかもしれません。
- 企業の文化: トップダウンで新しい働き方を推進する企業文化があるか、従業員の意見を柔軟に取り入れる風土があるかなども重要な要素です。
2. 職務内容とチーム体制
担当している業務が、物理的な場所に依存せず遂行できるかどうかも必須条件です。ITエンジニアの場合、多くはリモートでの業務遂行が可能ですが、客先常駐や物理的なインフラ管理が必要な職務では難しい場合があります。
また、チームメンバーが分散型の働き方に慣れているか、コミュニケーションツールや情報共有の仕組みが整っているかなども重要です。
3. 個人のスキルと実績、信頼性
会社員としてデジタルノマドを目指す場合、企業からの信頼が不可欠です。
- 高い専門スキル: 物理的な距離があっても、期待される成果を上げられる高い技術力や問題解決能力が必要です。
- 自律性: 自己管理能力が高く、上司や同僚の直接的な監督なしに、自律的に業務を遂行できる能力が求められます。
- リモートワーク実績: 既にリモートワークで成果を上げている実績は、デジタルノマドとしての働き方が可能であることの強力な証明となります。
- チームからの信頼: チームメンバーからの信頼が厚く、物理的に離れても円滑なコミュニケーションや共同作業ができる関係性が構築できていることも重要です。
現職で会社員デジタルノマドを実現するステップ
ステップ1:社内制度と現状の正確な把握
まずは、会社の就業規則、リモートワーク規定、海外勤務に関する規定などを詳細に確認します。人事部や総務部に問い合わせるのも良いでしょう。また、自身の担当業務がフルリモート可能か、チーム内でリモートワークがどの程度浸透しているかといった現状も把握します。
ステップ2:リモートワークでの実績構築
もし現時点でオフィス勤務が中心であれば、まずは可能な範囲でリモートワークを実施し、そこで成果を上げることに注力します。リモート環境での生産性の高さや、チームとの円滑なコミュニケーション方法などを確立し、信頼を積み重ねます。
ステップ3:提案内容の具体化と準備
デジタルノマドとしての働き方を提案する前に、具体的な計画を練ります。
- 働く場所: どの国・地域で働くことを希望するか(デジタルノマドビザの有無、治安、通信環境などを考慮)。
- 期間: 短期的な試行期間を提案するか、長期的な働き方として提案するか。
- 業務遂行計画: タイムゾーンの違いにどう対応するか、チームとのコミュニケーション頻度やツール、報告体制などを具体的に示します。
- 法務・税務・労務に関する懸念への対応策(案): 会社側が懸念するであろう法的な問題や税金、社会保障について、自身で調査した情報(例:デジタルノマドビザに関する情報、特定の国での就労に関する一般的な情報など)を提供し、共に解決策を探る姿勢を示します。企業法務部門や外部の専門家への相談を提案することも有効かもしれません。
- セキュリティ対策: 海外からのアクセスにおける情報セキュリティ対策(VPNの利用、多要素認証の徹底など)について、会社が求める水準を満たすための具体的な対策を説明します。
ステップ4:上司・人事への相談・交渉
提案内容が固まったら、まずは直属の上司に相談します。上司の理解と協力を得ることは非常に重要です。上司の承認を得られたら、必要に応じて人事部など関係部署と連携して交渉を進めます。
交渉のポイント
- メリットを強調: デジタルノマドとして働くことで、個人の生産性向上、新しい視点の獲得、国内外での人脈形成など、会社にもたらされるであろうメリットを伝えます。また、優秀な人材の定着や採用における企業の魅力向上といった視点も有効かもしれません。
- 懸念事項への回答: 会社側が持つであろう懸念(コミュニケーション、セキュリティ、法務など)に対して、ステップ3で準備した具体的な対応策を論理的に説明します。
- 試験的な導入の提案: 最初から無期限・無条件のデジタルノマドを求めるのではなく、まずは短期間の試行期間を設けることを提案するなど、段階的なアプローチを取ることも有効です。
- 柔軟な姿勢: すべての希望が通るわけではないことを理解し、会社側の要望や条件に対して柔軟に対応する姿勢を示します。
ステップ5:制度の活用または新しい制度の提案
既に会社にデジタルノマドやそれに準ずる制度があれば、その制度に則って申請を進めます。制度がない場合は、今回の自身の提案をきっかけに、会社に新しい働き方に関する制度を検討してもらうよう働きかけることも可能です。制度構築には時間がかかることを理解し、粘り強くコミュニケーションを取ることが重要です。
制度がない場合のアプローチ
もし所属する会社にデジタルノマドやフルリモートに関する制度がなく、新しい制度の導入も難しい場合は、別の選択肢を検討する必要があります。
- 社内での異動: フルリモートやより柔軟な働き方が認められている部署への異動を検討します。社内でのキャリアを維持しつつ、働き方を変えるアプローチです。
- デジタルノマドを許可する企業への転職: 会社員としての安定性を維持しつつデジタルノマドを実現するための最も直接的な方法の一つです。デジタルノマドを推進している、またはフルリモートが当たり前の文化を持つ企業を探して転職活動を行います。WantedlyなどのビジネスSNSや、リモートワーク求人に特化した媒体などを活用することが考えられます。
- フリーランスへの転身: 会社員としての働き方にこだわらないのであれば、フリーランスとして完全に独立し、デジタルノマドとなる道もあります。ただし、この場合は収入の不安定化や各種手続きを自身で行う必要があるなど、会社員とは異なる準備と覚悟が必要です。
会社員デジタルノマドとしての注意点
会社員としてデジタルノマドを実現した場合も、いくつか注意すべき点があります。
- 企業が抱える法務・税務・労務リスク: 海外で従業員が勤務する場合、企業は現地の労働法、税法、社会保障制度に対応する必要が生じます。これは企業にとって大きな負担となるため、デジタルノマドを許可するハードルが高くなる要因となります。自身の希望する国について、企業がどのような対応を迫られる可能性があるかを理解しておくことは、交渉において建設的な議論をする上で役立ちます。
- 情報セキュリティ: 物理的にオフィスから離れることで、情報漏洩やサイバー攻撃のリスクが増加する可能性があります。会社のセキュリティポリシーを厳守し、必要に応じてVPN接続の徹底や、カフェなどの公共Wi-Fi利用時の注意など、自身でセキュリティ対策を徹底する必要があります。
- コミュニケーション: チームメンバーとのタイムゾーンの違いや、非同期コミュニケーションの増加により、情報伝達の遅れや認識の齟齬が生じやすくなります。適切なコミュニケーションツール(Slack, Teams, Zoomなど)の活用、こまめな報告、そして相手への配慮を心がけることが重要です。
- 自己管理: 働く時間とプライベートの区別が曖昧になりやすく、自己管理がより一層求められます。集中できる作業環境の確保、適切な休息、運動などを意識し、心身の健康を維持することが長期的な成功には不可欠です。
まとめ
会社員としてデジタルノマドを実現することは、フリーランスとして独立するのとは異なるアプローチと準備が必要です。所属企業の制度や文化、自身の職務内容、そして何よりも会社からの信頼が重要な鍵となります。
まずは現職でリモートワークの実績を積み、会社に対してデジタルノマドという働き方が、個人だけでなく組織にとってもメリットがあることを具体的に提案することが第一歩です。もし現職での実現が難しい場合でも、デジタルノマドを積極的に推進している企業への転職など、会社員という立場を維持したまま目標を達成する道は存在します。
安定と自由、一見相反するように思えるこれらを両立する会社員デジタルノマドという働き方は、これからの時代のキャリアパスとしてますます注目されていくでしょう。本記事が、その実現に向けた一助となれば幸いです。